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隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

OracleがGoogleを相手にJava関連訴訟を起こしている

OracleがGoogleを相手にJava関連訴訟を起こしているということを、情報通でない私はつい最近知ったのですが、最初いつもの良くある(Apple vs Sumsongのような)特許バトルと思っていたら、どうもエラいことになっているようです。

どうやら、Oracleの主張は「GoogleがJava言語を利用した事そのもの」に対する権利主張である、と私には見えるからです(厳密には違うのですが、ザックリと説明を省くとこうなります)。

プログラミングの権利関連についてあまり詳しくない方のために簡単に解説すると、アプリを実現しているプログラムやプログラミング言語(プログラミング言語も一つのプログラム)は、著作権によって保護されているとされています。

これに対し、かつてプログラムを情緒的な表現などを含む著作を対象にした著作権で保護するのはおかしい、工業権、つまり特許権・商標権や意匠権によって保護すべきであるといった議論もかつてはあったのですが、今となっては著作権で保護されるのが一応の標準となっています。

このため、プログラムの起動画面などにCopyright(著作権)を表す©が示されているわけです。

これは、工業権が15~20年で期限切れになるのに対し、著作権は著作者の死後70年(法人の場合は法人が存続する限りずっと)という、製作者に対してかなり有利なものであったためと言われています。

ただ、著作権と言うと有利な事ばかりではないのです。

一番の欠点は、「見掛け上同じものでもコードが異なれば著作権を侵さない」と言うことです。

つまり、あなたがiPhoneを見よう見まねで同じようなものを作っても、著作権は侵害しないのです。もちろん、敵(?)もさるもの、そういう事に備えて特許権・商標権や意匠権で2重のロックがかかっているわけですが、特許権や商標権はともかく意匠権は「パクったかどうか」の判断が大変微妙なので、良く係争になります。特許権でも「ビジネスモデル特許」という実態のない特許もあり、やっぱり係争の種になりがちです。

今回の係争が画期的だと言うのは、上記の「見掛け上同じものでもコードが異なれば著作権を侵さない」と言う点に対して、Googleが訴えられているように見えると言うところなのです。

本件に対して、陪審員裁判が開かれており、現状ではOracleの主張が通りそうな方向です。というか、そう判断せざるを得ない状況になっているようです。

陪審員ら、「オラクルは著作物がグーグルに侵害されたと証明できた」との見解
そして、もしこれでGoogleが敗訴した場合、大半のプログラマーは失業することになります。

すべてのプログラマーは、他人の書いたコードを参考にして、他人の設計した言語やAPIで、プログラムを書いているからです。この行為が権利侵害になるのであれば、プログラムを作ることなんてできなくなるのです。

一部では、Googleが敗訴した場合今後100年のプログラミング文化の低迷を招くなどと揶揄されています。

Oracleは血迷ったのでしょうか?

今後の動向を見守りたいと思います。