隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

真の科学的思考は「当たり前を疑う事」

三角形の内角の和が180°である、ということはほとんどの方が知っていると思います。

では三角形の内角の和が180°であることを証明せよ、と言われたらどうするでしょうか?
「当たり前」でしょうか?

実は「当たり前」でなく、ちゃんと証明が可能です。この場合「幾何学(きかがく)」と言う数学の分野の技術を用いることによって、これが証明できることが分かっています。
高校までに習う幾何学がベースにしているのが「ユークリッド幾何学」です。

ユークリッド幾何学には5つの決まりがあり、これらすべてを満たすものを「ユークリッド幾何学」と言います。

第1公準:点と点を直線で結ぶ事ができる
第2公準:2つの線分を延長して直線にできる
第3公準:1点を中心にして任意の半径の円を描く事ができる。
第4公準:全ての直角は等しい(角度である)
第5公準:1つの直線が2つの直線に交わり、同じ側の内角の和を2つの直角より小さくするならば、この2つの直線は限りなく延長されると、2つの直角より小さい角のある側において交わる。

上記の5公準すべてが正しいと仮定すると、三角形の内角の和が180°であると言うことが証明できます。

このユークリッド幾何学は、長い間正しいと信じられてきたのですが、あるとき第5公準はほかの4公準から導くことが出来る「定理」じゃないのか?と言うような考え方が生まれました。なので、第5公準を証明しようと一所懸命にやってみたのですが、どうも証明ができません(証明できないから「公準」なのですが)。

そして18世紀になって初めて、第5公準は残りの4公準からは証明不可能であり、第5公準が成立しない幾何学を無矛盾に構築することが可能であると言うことが証明されました。これを「非ユークリッド幾何学」と言います。
非ユークリッド幾何学においては、三角形の内角の和が180度未満とか180度以上と言った幾何学系も成立します。

エウクレイデス(英語で読むとユークリッド)がユークリッド幾何学を構築したのは紀元前。なんと2000年も経ってから、初めて第5公準が必須ではないと言うことが導かれたわけです。

一般的な感覚において、第5公準は「当たり前」に見えます。

しかし、歴代の科学者たちはその「当たり前」を疑い続けました。2000年間にもわたって。
その執念にも近い取り組みが、非ユークリッド幾何学を産み出しました。

そして驚くべきことに、我々の住んでいるこの宇宙はユークリッド幾何学系ではなく非ユークリッド幾何学系であると言うことが分かっています。そう、この宇宙における物体の座標を記述するには、非ユークリッド幾何学が不可欠なのです。

数学の進歩と物理学の進歩が相まって、現在の宇宙物理学や核物理学の進歩が成り立っています。それはすべて「当たり前を疑う事」がスタート地点です。

それに引き換え、最近の医学はどうなんだろうと思わされることが少なくありません。

私が「ホメオパシー否定論」に対して良く思えないのは「ホメオパシーは効かなくて当たり前」という固定観念がスタート地点にあるからだと思います。

私に喧嘩を売ってくる人は大体そうです。「NHK受信料は払って当たり前」「法律は守って当たり前」「人を殺したらダメなのは当たり前」。すべて固定観念からスタートしています。そして「ホメオパシーは効かないのが当たり前」。

多少、否定を試みた論文があるとしても、医学、つまり「人体」と言える宇宙にも匹敵すると言われる複雑系を扱う学問において、極めて僅少な量のサンプリングと、極めて短い期間の考察のみで否定を試みるのは「科学的な態度」とは言い難いと思います。

上記の非ユークリッド幾何学など、2000年もの期間をかけて初めてユークリッド幾何学を否定(正確には拡張なんですが)しています。それほど、科学者は既存の理論を否定するのには慎重でなければならない、と言うことだと私は思っています。

「当たり前」に縛られると、人間の進歩は終わります。デカルトを見習って「疑う事」を始めてみましょう。