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隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

【統合医療】ありがちな近代医療信奉へのアンチテーゼ

最近、以下のコラムを発見しました。

糖尿病とサプリメント……思い込みは注意!
内容はともかく、論調には大いに問題があるでしょう。

「自然の物を選べば安全」とは限らない
毒キノコを例に出して「自然のものが安全とは限らない」と喧伝してあります。

同じ論調であれば、「科学的」な「近代医療」であっても量を間違えれば死に至る薬品は大量にあります。

対象(この場合「自然物」)の中に有害なもの(この場合「毒キノコ」)が含まれているから、対象が危ないと言うことにはなりません。

たとえば、私は日本人ですが、アホです。だからと言って、日本人全員がアホとは言えません。

もちろん、表題は「自然物が安全とは限らない」なので論理的には間違いとは言えませんが、同様に「人工物が安全とは限らない」と言っても間違いではありません。

実際、超過密環境における不自然な養鶏が、鳥インフルエンザウィルスを作ったと言う事実があります。自然養鶏農家は言います。「自然な養鶏なら病気の心配など不要」。鳥インフルエンザパンデミックの際にも、涼しい顔をしていたそうです。

自然信奉への回帰は、ある意味必然です。脱原発などと同じく「科学の敗北」に対する心理的補償作用だと思っています。

法律があるから、広告効果は全て真実?
サプリは医薬品ではなく、健康補助食品に過ぎない。だから、信用できないと言ったことが書かれています。

これは、論理があべこべです。サプリは医薬品ではないので(実際には効果があっても)効果を宣伝してはいけないのです。実際、保険薬にビタミン(シナールとかメチコバールとか)は普通にあります。鉄剤とかもあります。サプリには医薬品として効果が認められているものもあるのです。

もとよりすべてが正しいなどと言う主張は誰もしていないのですが、あたかもそのような団体があると言う前提で「広告効果はすべて真実?」などと言うタイトリングは釣りにしか思えないです。

個人的な体験談こそ、効果の証明?
ある人に効いたからと言って別の誰かに効くとは限らないと言う、とても当たり前のことを書いているわけですが、少なくともその人に効いたと言うことは事実です。だから「個人的な体験談だけしかないものは信用できない」とするには、やや説得力不足です。さらに言うと「個人的な体験談だけしかない」ことを証明することは、とても難しいのです。

また、巨額のお金と期間をかけて治験されたものの方が信用できると言う風に書かれていますが、お金をかけたから効くと言う根拠にはなりません。実際、巨額の費用をかけても試験に合格できず闇に葬られる薬品は毎年大量にあります。投資金額の多寡と薬品の効果の間には明確な因果関係はありません(あるとすればそれは医療利権・癒着の証明でしょう)。

科学的に根拠がなくても、歴史が証明していれば大丈夫?
その「科学的な根拠」とやらを得るのがとても難しいんですけどね。また実際に「歴史が証明」しているのであればそれも「科学的な根拠」です。近代医療も治験と言う歴史の積み重ねで医療の信用性を高めようと言う試みをしているわけですし、歴史の証明を否定するのであれば科学そのものをも否定することになってしまいます。

精製品は身体に悪く、原材料の方が身体によい?
否定論調ですが否定の論理構成すら怪しい(民間療法へのノスタルジーがどうとか)です。玄米は糠の部分にビタミンが多く含まれているなど、一定の科学的説得力もあるのですが。
シリアスなものには効果がないと書かれているのも、シリアスで無いものには効果がある?それとも近代医療は「シリアスで無い」疾病には興味がない?謎です。
少なくとも、GI値の低い玄米食の方がGI値の高い白米食より、糖尿病には良いはずですが。糖尿病を30年も患っているのにインシュリンショックとかアドレナリンショックも勉強していないのでしょうか。

私の病気も個人的には「シリアス」と思っているんですけど、精製食品を積極的に採った方がいいってことなんでしょうか?

まとめ
結局のところは「ちゃんと近代医学で持って効果を証明されたもののみを使った方がいい」と言いたいと言うことなんだと思いますが、もしそうであればランダム化比較試験やらダブルブラインドテストと言ったことを取り上げたらいいんであって、「非論理で非論理をけなす」つまり「ミイラ取りがミイラ」になってしまっていると言うことを、ご本人が理解しておられないように見えるのがちょっと残念で、取り上げてみた次第です。