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隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

借り「パク」暮らしのアリエッティ

ずいぶん前の話になりますが、ジブリの「借り暮らしのアリエッティ」を地上波でやった時に観ました。

その時にもツイッターでつぶやいたりもしたんですけど「借り暮らし」じゃなくて、消費してるから「借りパク暮らしやん!」と思わず突っ込んでしまいました。

借りパク = 借りたものをそのまま自分のものにしてしまうこと。「かえさないんじゃない、永久にかりているだけだ」by ジャイアン
ジブリにしてはずいぶんと犯罪スレスレだったのでちょっとびっくりしたのですが、まあもともと人と認識されていないんだから虫みたいなもので、そんなことを追求するのも無粋だと言うことなのかな、と納得しかけたんですが、盗人にしてはえらく誇り高く生きているアリエッティを見て、ちょっと違うんじゃないかと思ったんですね。

冷静に考えてみたら自分たちが使っているもの、「自分のモノ」と思っているものって、本来神様、と言って違和感があるなら自然からの「借りモノ」なんですよね。

土地にしても、人間が勝手に境界線を設けて「俺のモノだ」と主張しているだけで、別に本来は誰のものでもないわけです。

ま、そういうところからマルクス思想なんかは人間が生み出せるのは「モノ」ではなく「労働力」であると言っているのでしょう。

普段からそういう「自由な思考」を心掛けているにもかかわらず、いつの間にやら資本主義的な考え方に毒されて、アリエッティを「借りパク」と思ってしまった自分自身の貧困なる精神に辟易としつつも、さすがジブリと思うのでした。

感心してほしいポイントはそこじゃないのかもしれませんが(笑)。