読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

著作権法の存在意義

著作権法は、著作者の創作性ある著作物を保護し、もって国民の文化の発展のために存在します。

著作権法

(目的)
第一条  この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。

普通に日本語を読める人なら、上記条文を読めば、著作権者の権利を保護するのは「文化の発展に寄与」するためであるということが読み取れると思います。

決して、一部の人に著作権法を盾にして知的財産権を独占させる目的で存在するわけではありません。この条件があるからこそ、民法では考えられないくらい著作者の権利というのは手厚く保護されているのです。

著作権法を盾に権利を過剰に主張し、情報の独占を図る人たちは国際的にはコピーライトトロールとして非難の対象になります。

著作権というのは、日本国憲法で定められているような諸権利とはかなり性質が異なり、個人の生活のためではなく人類の発展のためにあるのです。むろん、上記のようなコピーライトトロール行為は、日本の著作権法の基本理念である「文化の発展」を阻害するものであり、法の主旨に反します。

著作者の死後の著作権はかなり微妙な問題で、相続人に著作権が相続されるということにはなっていますが、著作者と同等の権利が認められるわけではありません。確かに、著作権は著者の死後50年という長きに渡って保護されるということになっていますが、著作者人格権は著作者の死後まもなく消滅します。

もちろん、出版権や公衆送信権は相続されますが、許諾権については微妙です。そもそも、故人に許諾を得ることは不可能ですし、また生前に相当程度の著作権による利益を得ているはずですから、死んでまでその権利を声高に主張するのはどうかという話です。著作物は著作者の死後はむしろ、いろいろな形で再利用されるほうが、文化発展に寄与するためであると考えられます。

誰にも省みられず葬り去られることを思えば、そのほうが幸いなのです。