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隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

示談(和解)とは

示談とは、一般用語で、正式には和解と言います。

広く「裁判によらない紛争解決」のことを言います。

裁判になると、特に原告には過大と言ってもいいほどの責任が生じます。それを「立証責任」と言います。何から何まで、すべて原告が立証する必要があります。

立証と言うのは、基本的には公的に認められた書類を裁判所に提出することです。

メールのコピーなどは、公的に認められた書類ではありませんので、裁判における証拠能力としてはかなり低めに見積もっておく必要があります。

借金であれば借用書(理想は公証人役場で作成された公正証書)や役所などが発行する書類(戸籍謄本、登記簿謄本)などが、証拠能力としては最強です。

書類の証拠のことを、裁判用語で「書証」(しょしょう)といいます。

これが不可能な場合、素人がよく想像するのは裁判で相手に質問をしたり、と言うことなのですが、地裁レベルではこのようなことは基本的にやりません。人の証言のことを「人証」(にんしょう)と言うのですが、これも地裁レベルでは人証尋問(証人を裁判所に呼んで陳述してもらう)などと言うことは原則としてやりません。裁判所にも証人にも過大な負担となるためです(口頭弁論は月1回30分枠ですが原則15分程度で終わりです)。

弁護士などがその証人に事情聴取し、そして署名をしてもらって裁判所に提出します。むろん、タダと言うわけには行きません(一般的に5万円程度お礼を渡します。これは裁判費用には含められません)。

物理的な被害の場合、被害を測定します。写真を撮ったりその真性さを証明するために工学博士などが署名をすると強力になります。役所の認定機関は「計量証明」と言うのを出せる業者がおり、その業者に出してもらった証拠には相応の客観性が裁判でも認められます。

ちなみに、計量証明付きの測定データは大体20万円〜です。これも裁判費用には含められません(含めてもいいですが、認められないことがほとんどです、理由は後述)。

大体、客観的に立証可能な民事事件はそもそも裁判にならないので(手形裁判だけは例外)こういうのがあまりきちんとしていないのが民事裁判になります。

なので、結局決め手に欠けることになります。

そして次善の策とされるのが、被告による「自白」です。

例えば、「求釈明 被告は、原告と○○という約束をしましたか?」とかやります。これに対して被告が「はい」と(書面で)回答すれば、被告はその事実について「自白」したとされます。これは、裁判において重要な証拠として扱われます。

まあこうやられても「不知」(知らない/忘れた)と返せば、おおむね被告が不利になることはないです。求釈明は、質問にどのような回答が帰ってきても原告が不利にならないようにするのが基本です(オセロとかと同じようなものです)。

そして、やっとの思いで裁判をおっぱじめても、裁判官が「双方決め手がないので、和解したらどう?」と大体5回目くらいの口頭弁論で言い出します。

驚くなかれ。裁判に突入したけど判決まで行くことの方がまれなんですよ。ほとんどがこの「和解勧告」で終わりです。

で、和解と言うのは基本的に「歩み寄りなさい」と言う意味です。ですので、裁判費用とか、証拠収集に必要になった費用、その他諸費用、むろん弁護士費用などは、お互い自損自弁(自分の分は自分で負担せよ)にしなさい、と言うことになります。

この、裁判所における和解と言うのは、ぶっちゃけ原告に取って大変不利です。例えばそれまでに50万円の費用がかかっていたとしても、それは全部パァです。和解で認められるのは、たいてい100万円請求していたならまあ50万円くらいにしたら?みたいなことになるので、全く得をしないことになるわけです。

要は、弁護士や証拠屋さんを儲けさせるに過ぎないわけです。

(裁判所は安い印紙代しか取っていないので、儲かっていない)。

なので、最近はADRと言って、裁判によらない紛争解決が主流となってきています。

紛争相手から「示談しよう」という申し入れがあったら、それは本当に「地獄に仏」と思わねばならないことなのです。

それをいぶかしがるのは、無知ゆえでしょう。