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隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

「批判するな」という山本翁

山本翁は、最近では自分の非を認めたのか、弁解はせずただひたすら「批判するな」を繰り返しています。

人様の批判をするようなサイトは止めろ!精神科に行け!

人に対して自分を批判するなといっておいて自分は人を批判する(「精神科に行け」に至っては批判なんて立派なものじゃなく単なる中傷ですが)、こういうのをダブルスタンダードと言います。世に言う「お前のモノは俺のモノ、俺のモノも俺のモノ ©ジャイアン」と言うヤツです。

こういう人は少なくはないですが、確実に世の中に存在して、そして分不相応な高い地位や給与をえていたりします。なぜだか、こういう「おかしい人」が何割かの確率で人事に気に入られて、出世してしまうケースがあるんです。シャープの元社長(現日本電産副社長)の片山幹雄氏などはそんな一人です。

この人がやたらと評価している「知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代」という本があります。

知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代 (光文社新書)

知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代 (光文社新書)

私はこの本は読んだことがないのですが、以下のURLに要約があるのでなんとなく内容は知っています。


なぜ、頭の良い若者ほど、 プロフェッショナルになれないのか?:日経ビジネスオンライン

はてブコメントを見るとそれこそ批判だらけなのでいまさら何をかいわんやなのですが、簡単に突っ込んで見ます。上記URLからの引用です。

例えば、ある新事業企画の会議。

ある若手社員が見事なプレゼンをする。同僚の若手メンバーは、感心しながら聞いている。
それは、環境ビジネスに関する新事業企画の提案。
実に周到に準備された提案資料。壁に映し出されるスライドには、この事業のビジョンや戦略、事業計画が、次々と見事なコンセプトで語られる。
冒頭は、地球環境問題についてのビジョン。海外の著名な環境思想家の言葉を幾つも引用しながら、格調高く、ビジョンが語られる。
次いで、事業戦略。これも世界的に著名なビジネススクール教授のソーシャル・マーケティング論が引用される。
さらに、事業計画。海外のビジネス雑誌の特集記事のデータなども引用しつつ、この新事業が、いかに有望な市場を狙っているものかを説明する。
さすが、旺盛な読書家で、いつも最先端情報を渉猟している彼らしい、該博な知識を感じさせる新事業企画のプレゼン。
その後の質疑においても、次々と、その該博な知識と正確な記憶力で、質問に答えていく。

いわく、「それは、米国の調査では、こう結論づけられています」 「この戦略は、いま、新たなマーケティング思想として、注目を集めています」 といった調子。

しかし、感心する若手メンバーの中で、一人、この企画会議を主宰する熟練のマネジャーだけは、先ほどから黙って聴いているが、あまり賛同している様子ではない。

そのことに気がつき、この若手社員が聞く。

いかがでしょうか?この新事業提案……」

そのマネジャーは、若手社員を見つめ、一言、穏やかに聞く。

「一つ、質問があるんだが、この提案書の中で、君が、自分自身の『経験』から掴んだものは、どの部分なのかな……

その言葉を聞き、一瞬、言葉を失う若手社員。
そして、その沈黙の中で、このマネジャーが、大切なことを教えてくれようとしていることに気がつく……。

ビジネスパーソンならば。誰もが、こうした場面に遭遇したことがあるのではないでしょうか?

(強調部分 by だいぶつ)。

この文章を読んだ人の意見は、面白いことに「年寄り」と「若者」で、きれいに二分されます。「年寄り」は上記の「マネージャー」に肩入れし、「若者」は上記の「若手社員」に肩入れします。私は、若手社員に肩入れしたので若いようです(笑)。

要約すると「そんな、資料やらネットやらで調べたような知識で何をほざく! by 年寄り」ということなワケです。「歳もとっていないのに偉そうに提案するな!提案は年寄りの特権だ。お前らの番が回ってくるまでおとなしく待ってろ!」ともいえます。ひとことで言うと「老害」です。で、よく考えると「自分自身の経験」という言い回しが、とても恣意的に使われているのですね。

Google Earthを知っている人がいればそれを思い浮かべてくれたら話は早いのですけど、海外旅行が趣味の人はいますか?海外旅行が趣味の方、あなたは全地球全ての国に行ったことがありますか?

多分、答えはNoでしょう。まあ、北朝鮮とかパレスチナとかそもそも行くのが難しいところは別にするにしても、どんなに海外旅行が好きな人でも全世界のあらゆる国を旅した人はほとんどおらずごくわずかでしょう。

鉄道ファンの伝道師のような方で、日本全国の鉄道を乗りつくしたという種村直樹氏の「次の目標」は「日本全国全ての駅で乗降する」という話だったのですが、それは達成されていないと思います。

で、ここでもう一度聞きます。「経験」ってなんですか。

ネットで調べたことも立派な「経験」でしょう。行ったことがない場所でも、いろいろ調べて「いった気になる」、こういう研究も立派な「経験」です。

行ったら行ったで新しい発見もあるでしょうが、現地に行く前にいろいろ調べておいたほうが逆に行ってしまったら知ることが出来ない発見もあるはずです。

ではここで私の好きな言葉を持ってきましょう。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
オットー・フォン・ビスマルク

むふーん。かっちょえー。

この言葉を知っている私にとっては、上記の田坂氏の話は「経験」にすがるしか能のない典型的な「愚者」(老害)のマネージャーが、「歴史」に学び新たな(挑戦的な)提案をしようとする「若手社員」をツブそうという試みにしか見えません。

私には、経験があるかないかなど、どうでもいい言いがかりにしか思えません。その提案が面白ければ、うなづけばいい。くだらないと思えば、くだらないといえばいい。だけど「お前には経験がないだろう?」なんて言い方は、卑怯じゃないでしょうか?提案に対し、面白いともくだらないとも評を下せず、ただ「お前には経験ないだろう?」と貶めることしか出来ないこのマネージャーにこそ、いったいお前はいままで何を「経験」してきたのだ、と聞きたいものです。

こういうセコいというか、出る杭を打つみたいなことを、無自覚に無謬にやらかしている老害どもに対して、腹立たしい気持ちでいっぱいになります。

残念なことに、日本の若者の中にはこういう程度の低い言説を信じてしまう人も何割かはいます。
だから、批判を止めるわけにはいかないのです。