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隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

ビシッとしたツッコミをする12の方法

本当は12個も方法はないのですが最近こういうタイトルが流行っているようなので、ギャグでつけてみました。釣られた方、すみません。

でも「ビシッとしたツッコミをする方法」について考察するのは事実なので許してください。

さて。一部で当ブログの記事にツッコミが入っていることが、嫌でも目に入ってきます。反論は依然として大歓迎なのですが、どうもこう「ビシッとしない」ツッコミばかりで、少しイライラします。

* 宣伝および誹謗・中傷はお断りです。
ビシッとしないツッコミの特長としては、主旨をくみ取る努力が無く、瑣末な表現の揚げ足を取ることに終始している事、と言うことが挙げられます。

これらは主に「はてなー」の方々によるもので、そういう国民性ならぬ「ネット民性」なんだろうと言うことが最近ではなんとなくわかってきました。

なぜだか良くわかりませんが、一部の「はてなー」の方々には異様に高いプライドの持ち主が多く、他人をこき下ろすチャンスを常にうかがっているように見えます。

まあ、そういう「ネットの楽しみ方」もあるのでしょうけど、せっかくのツールなんですからもっと建設的な事に使いたいと私は思っています。

ビシッとしたツッコミをする方法は上記の逆で、記事の主旨をよく読み取り、その本質をキチッと理解したうえで、不足している論理構成や考察に対して簡潔にコメントすると言う、基本的な事をすればそれでよいだけです。

頭ごなしに否定しても反感を買うだけで、全くいい結果にはなりません。慎重な姿勢こそが、相手にシンパシーを与えると思います。

国際学会に論文を提出したとまでいう人なら、上記は別にそれほど困難な事でもないはずです。

しかしなぜそれをしないのかと言うと、最初から相手を見下しているのだと結論せざるを得ません。

会ったこともない人間を、相手を理解する努力をすることもなく見下すと言う判断は、決して賢い人がすることではないのではないかと思います。

ビシッとしないツッコミの一つに「質問返し」と言うのがあります。記事の本質を理解せず、そこに書いてあることからキチッと考えれば到達できるはずのことを相手に問う。これは相手に対して失礼であると言う以上に、自分がいかに無思慮かを表しています。

これは、もらった「種」に対して「この種は何に育つのだ」と質問しているようなものでしょう。植えて育ててみれば分かることです。育てたくなければ、捨てようが食べようが好きにすれば構いません。

こうした事に気をつければ、おのずと気のきいた「ビシッとした」ツッコミが出来るようになるはずです。

思考もせず脊髄反射のツッコミだけで自己満足を得ると言う行為の浅はかさが、こういう方々にも分かってもらえればよいのですが、なかなか難しいかもしれませんね。

ちなみに「ホメオパシー批判はイケてない」に対して「(だいぶつがイケてないと言いたいのは)id:locust0138と@chochonmageのことだろう」というコメントがあったのですが、違います。私は「ホメオパシー批判そのものがイケてない」と思っています。