隠すほどの爪なら無い

自分自身の、この自我というものが消滅することへの覚悟はできた。苦しみからの開放・・・。だけど、だけどあと少しだけ、続きが見たい…!

iPhoneはガラケーを完全に凌駕するほど優れた製品か?

最近、携帯電話の「2台持ち」を始めて、以前使っていたガラケー(NEC N905i)を復活させました。

以前から思っていたのですが、ガラケーはとても使いやすい電話機です。特にコールバックやリダイヤルなど、片手で数タッチで出来てしまいますし、良く使う連絡先などにも簡単に電話をかけられます。エニキーアンサーで電話を取るのも片手でOKです。P902iSはワンタッチで開くこともできてとても便利でした(残念ながら売ってしまいましたが・・・)。

操作感も、使い始めた当時は「もっさり」で仕方ないと思っていたのに、スマホを使いだしてから再び使ってみるとなんとサクサクに感じることでしょう。

私が使っているスマホはiPhoneではなくXperia acroではありますが、iPhoneがそれほどXperiaに対して優れているとも思えません。iPhoneが「優れていたから」と言う理由でガラケーをはじめとする「フューチャーフォン」を駆逐してしまったとはとても思えない部分が多々あります。

ひとつには、コミュニケーション様式の変化があるでしょう。というか、むしろAppleはそれを「変化させてしまった」のでしょう。通話からLINEのような(チャットのような)サービスへ。IP網を使った安いfacetimeと言ったテレビ電話へ。

すべて、10年以上前から実現できていた技術です。なにを変えたかと言うと、操作感なのでしょうけども、革新的というほどでもありません(さすがにバランスは良いですが)。親父世代のひがみかも知れませんが、タッチスクリーンはあまり好きではありません。iPhone以前にWindows Mobileで遊んだりもしていましたが、慣れませんでした。

では何を変えたのかというと、やはりマーケティングなのでしょう。

そして2台持ちを初めて気づいたのですが、やはり「スマホに電話機能は要らない」と言うことです。
Kindle FireやNexus 7が期待されるのも、そのあたりにあるのではないのでしょうか。ユーザーは、最初からこれらの情報端末で「電話」をする気など毛頭ないのです。

そうなると携帯電話は小さくて使いやすいガラケーが最適と言うことになります。

さもなくば、多くの人はスマホのみを使い電話機能を使わず、「携帯電話」というカテゴリーの商品が徐々に変革してゆくことになるでしょう。

悪貨は良貨を駆逐する・・・。そこまで言っては故スティーブ・ジョブズ氏に失礼なんでしょうけども。