太陽光発電を勧める人の口からよく出るのが「脱原発」です。
この台詞に、私はちょっと違和感を感じてしまいます。
たしかに、太陽光は無限に降り注いでいます。
だから、タダで電気を作ることができるんですよ!あながち間違っていません。
何がおかしいのでしょうか?
これは原発と驚くほどよく似ているのです。
原発も「安く大量に電気を作れる」といううたい文句のもとに推進されました。
実際、燃料価格と発電量から計算すると、キロワット当たり単価はほかの発電より随分安いです。
何が悪かったのか?
「影響が計り知れない」とか言っていますが、もっと事は単純です。
いざ事故を起こしたときに莫大な損害が生じます。
お金にすると莫大な金額です。
これを費用に参入してしまうと、キロワット当たり単価は高くなるんですよ。
つまり、エネルギーはおカネですが、リスクもおカネなのです。
そして費やしたコスト<発電した電気の価値
でないと駄目ってことですね。
これを「グリッドパリティ」とか言います。
太陽光業界では昔から使われている言葉です。
太陽光発電は、初期投資におカネがかかります。
そして、無限に使えるわけではなく25年くらいが寿命になります。
その間もメンテナンスコストはかかります。
もし太陽光発電がグリッドバリティなら、買い取り価格を上げる必要なんてないのです。
原子力を完全に駆逐できるエネルギー源は、原子力より安く、なおかつ原子力より安全でなければなりません。
事故リスクを織り込んだ場合原子力のコストは太陽光のコストを上回っていると思われますが、最新の火力発電に比べるとまだまだ劣る筈です。
随分安くなってきた太陽光発電ですが、コスト削減にも頭打ち感が出てきたのも事実です。
つまり、太陽光の普及は脱原発には直接的にはつながりません。
原子力の普及も政策なら、太陽光の普及も政策に過ぎません。
政策がいつの時代も正しいものであるなら、そもそも原子力なんて存在しなかったでしょう。
だから、おカネ儲け以外の目的であれば太陽光などやめておいた方がいいと思います。
というか、皆がおカネ儲けのためだけに動いて初めて正しい未来が導かれるというのが自由主義のスタンスです。